コーヒーが飲めない大人は変?飲めなくても別にいいと思う理由

コーヒーが飲めない大人は変?飲めなくても別にいいと思う理由
森川えむ

もう、いい大人なのに、コーヒーが飲めないのって変なのかな?

周りのみんなはコーヒーをおいしそうに飲んでるのに、自分は飲めない。

自分以外の人が当たり前のようにコーヒーを飲んでいると、自分だけが変なのかな?ってちょっと気になりますよね。

でも、大人でコーヒーが飲めないのって、別に変じゃないです。

というよりも、私は

大人らしさのために、苦手なコーヒーを飲む必要ある?

と思っています。

ブラックコーヒーが飲めたら、大人?

ブラックコーヒーが飲めなかった、子ども?

そんなの関係ない!

むしろ、自分に合わないものを無理して飲むより、「私はコーヒーが苦手なんだよね」って選ばないことができるほうが、大人の判断ができている気がします。

コーヒーが飲めない大人は変?そんなわけない

コーヒーが飲めないと

飲めないのって自分だけなのかな?

ちょっと子供っぽく見られる?

周りから変に思われるかも…

って、気になることがありますよね。

でも、コーヒーが飲めないだけで、子どもっぽいわけじゃない。

大人になってもコーヒーが飲めない人はいる

私は子どものころ、大人になったら自然にコーヒーが飲めるようになると思っていました。

両親はコーヒーが好きだし、今では姉も弟もコーヒーが大好き。

だから当然、私もそのうち飲めるようになると思ってたんです。

でも、いつまで経っても飲めるようにならない。

10代で飲めないのはまだわかる。

20代になっても飲めない。

30代になったけど、それでもまだ飲めない。

よく、子どものころにピーマンが食べれなかったのに、大人になったらおいしいと思えるようになったって話を聞くじゃないですか。

だから、コーヒーもそんな感じで「大人になったら味覚の変化で飲めるようになる」ものだと思ったんです。

けど、私の場合は違いました。

コーヒーを飲むと気持ち悪くなるので、今では無理して飲まないようにしています。

コーヒーが飲めませんが、大人です

コーヒーが飲めることと大人であることは別

なんで、コーヒーが飲めると大人っぽく見え、コーヒーが飲めないと子どもっぽいと感じられてしまうんでしょう。

改めて考えてみると、ちょっと不思議ですよね。

そもそも、どうして「コーヒーは大人の飲み物」のようなイメージがあるのか、調べてみました。

コーヒーは昔から「ちょっと大人っぽい飲み物」だった

コーヒーが日本に伝わったのは、江戸時代なんだそうです。

そして明治になると、西洋文化が入ってくる中で、コーヒーを出す喫茶店も登場するように。

1888年には東京・上野に「可否茶館」がオープン。

国立国会図書館でも、日本の喫茶店やコーヒー店の始まりとしてよく名前が挙がる店として紹介されています。

可否茶館には新聞や雑誌などが置かれ、店主は庶民や学生が交流できる「社交サロン」のような場所を目指していたそうです。

その後、コーヒーを出す店は少しずつ広がっていき、UCCによると、当時の「ハイカラな文化人たち」が文学や芸術、西欧の思想を語る場にもなっていきました。

さらに昭和に入ると、都市部を中心に喫茶文化が普及。

全日本コーヒー協会では、コーヒーが「新たなライフスタイルの象徴」として関心を集めていったと紹介されています。

こうして見ると、コーヒーって日本に広がっていく段階から、「西洋文化」「ハイカラ」「新しいライフスタイル」みたいなものと一緒に楽しまれてきたんですね。

そういう歴史も、「コーヒー=ちょっとおしゃれで大人っぽい」という今のイメージにつながっているのかもしれません。

でも、大人っぽいからって大人ならコーヒーを飲めないといけないの?

苦いコーヒーであればあるほど、「かっこいい」イメージとつながる。

ドラマや映画とかで作り上げられた「コーヒーのイメージ」なども、ありそう。

でも、よく考えてみると不思議ですよね。

からいものが苦手でも、大人。

お酒が苦手でも、大人。

ピーマンやゴーヤが嫌いな大人もいる。

なのに、なんでかコーヒーは「そのうち飲めるようにならないと!」って思ってしまうんです。

飲み物の好みや受け付けるかどうかと、人として成長(成熟)しているかっていうのは、別の話ですよね。

  • 仕事ができる
  • 人に誠実でいられる
  • 自分のことを自分で決められる

そういうのと比べたら、コーヒーを飲めるかどうかなんて、大人らしさを判断する材料としては、比較対象にもならないと思うんです。

周りが普通に飲んでいるから、自分だけ変に感じやすい

でも、「コーヒーが飲めない私っておこちゃまなのかな…」って思う気持ちはものすごくわかります。

私もそうなので。

ごめんなさい、コーヒー飲めないんです。

って言ったときに、「え、そうなんですか?笑」「うちコーヒーしかないんですよ」みたいな反応されたことは一度や二度…どころか10回以上あります。

いやいや、飲めるのがあたりまえじゃないんだよぉ。

とはいえ、申し訳なさすぎる。

こんなことが、立て続けに起きると、「大人なのにコーヒーが飲めない自分が変なのかな」って思っちゃうのもしかたないと思います。

でもさ、飲めないんだからしょうがないじゃん。

コーヒーが飲めなくても無理に克服しなくていいと思う

私も、「コーヒーが飲めないから克服しなきゃ」って考えたことは、何度もあるんです。

おいしくコーヒーが飲めたら、他の人と同じように喫茶店とかコーヒーショップで楽しくお話できるのかなぁとか。

だから、飲めるコーヒーを探すことはいいと思う。

  • ミルクが多めなら飲める
  • 甘めなら飲める
  • ノンカフェインなら飲める

もしかしたら、いろいろ試していった先に、なにかしら飲めるコーヒーがあるかもしれません。

でも、「別にコーヒーを好きになりたいと思ってない」のであれば、私は無理して克服してまで飲む必要ってないと思うんです。

飲めないならコーヒーじゃなくていい

コーヒーが飲めないんなら、飲まなくていい。

代わりの飲み物はいっぱいあります!

  • 紅茶でもいい
  • お茶でもいい
  • ココアでもいい
  • 水だっていい

カフェに行ったらコーヒーを頼まなくちゃいけないルールはないです。

「大人なんだからコーヒーくらい飲めてもいいよね」とか、時代錯誤なことを言われることがあったとしても気にしなくていい。

むしろ、「私はコーヒーは苦手だから、別の飲み物にする」と自分で選べるほうが、私はよっぽど自分を大事にしている大人だと思います。

コーヒーが飲めない大人は変じゃない

私は、今でもコーヒーが飲めません。

血のつながった家族がみんなの飲めているのに、なぜか私だけが飲めません。

ぶっちゃけ、それで困ったこともたくさんありました。

だけど、コーヒーが飲めないままでも普通に暮らせています。

コーヒーが飲めるようになりたい人は、自分に合うコーヒーが見つかるまで探してみればいい。

それでも飲めない人は、別の飲み物でいいじゃないですか。

自分に合うものを、自分の意思で選べること。

私はそっちのほうが大事だと思います。

だから、コーヒー飲めなくても、別にいいじゃん

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